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Profile
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Author:Robert A.Y.
「Robert先生はひどいデカダン だって聞いてたから... まさか、こんな真面目な方 だとは思っても見ませんでした」 ..................
苦笑しちゃうよ...
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Rhumba
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こんばんは。
作者寝不足につき
今日は久しぶりにサンマルク入り。特に誰にも会わず。そういえばこのごろは一月ほど誰とも会ってない。そういう意味では退屈なので、しばらく筆をおいて周りを何の気なしに見回していると、隣の列の席に白髪髭紳士(顔立ちから、もしかしたら外国人かもしれない)が着席。手にはホットコーヒー。どこと無く不思議な雰囲気のある人だと思って見ていると、程なくして自分のカップにコーヒーフレッシュを注ぎ、スプーンでそれを混ぜ始めた。混ぜ始めたんだが、それがなんとも不思議な混ぜ方で。ひどく美しい曲線を描きながら、手つきはとても穏やかに、そしてその本人の目つきのやさしい様な可笑しい様な落ち着いている様な子供じみている様ななんともいえないこと…、私が普段から絶えず酷評する当店のコーヒーをしていったいどんな魔法を仕掛けられているのかと疑いたくなるほどの眺め。見とれてしまい、なんだか目が回っているような感覚に陥る。ふっしぎぃ〜〜。見ていてなかなか飽きず、向こうもいつまでも混ぜ続ける。これは、もはやコーヒーが美味いとか不味いとかそんなことは問題の外である。むしろあのコーヒーはもう誰に飲まれる必要も無いはずだ。実はあの紳士はこうやってコーヒーを混ぜるためだけにここにやってきたのだ、と云われたとしてもためらい無く信じれる。あの紳士はああやってコーヒーを混ぜては歩き混ぜては歩きして街中のコーヒー屋を回っているのだ、といわれればまさしくそのとおりである。むしろそれ以外何がある得るのか教えてほしいぐらいだ。……気づけばもう既にスプーンは置かれていて、本人は読書なんぞしている。まさか、本当に一滴も飲まないつもりではないだろう? ああ、なんだったんだろうあれは。
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Trush
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こんばんは。
机上のカオス
久しぶりに少し勉強してみたら、軽く死にたくなりましたね。ぅぅ、吐きそう…。懐かしい感じです。 日常と呼ぶには状況がカオス過ぎる。私に必要なのは獲得よりも放出なのだ。
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Tropic of Graduation
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こんばんは。
♪"TEACHER"、あなたはか弱き大人の代弁者なのか?
"スカイ・クロラ"、観てきた。 ナカムラ君とサイトウ君には久しぶりに会った。 ナカムラ君と"本屋さん"を回っていると、体の芯から"夏"を実感するような気がする。オカシイよ。 まァ、完全置いてけぼりでポッカーンのご観覧の皆々様の中においても、要は「意味なんて考えりゃわかる」わけだから、それはある意味、「死ぬまで考えない」のも、当然アリなわけです。 問題はそのあと。全部終わって、全部忘れたあと、何が残っているのかなということでしょう。 でもそれも、何かしらの"物語の入口"というものをまず通過していないことにはお話にならないものです。 それもままならぬのは置いてけぼりの仲間はずれ。 仲間はずれのままでは淋しいので。原作でも読んでみます。いやっほい。
眠いぜ。
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The Cape
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こんばんは。
岬
 これは初めて見た。
 悟りの景色なんですって。空海は19歳。
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Poor
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こんばんは。
煮詰まる

今日は久しぶりに、大倉山へ歩いていきました。暑かった。お腹が減った。
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Smilin' Volunteers
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こんばんは。
♪サービスのためのフィクション
NHKアーカイブス #88 - "安部公房"
上の動画、そもそもはYouTubeではなくニコニコ動画の検索で見つけて、私はそれを観ていたわけなんですけれども、まァ、これほどコメント機能が邪魔だった動画は初めてです。いくらニコニコ動画がコメント機能を展開していようとも、その動画自体がその一切を許可していないんだから当然である。存在を許可されていない所に何を無理矢理ねじ込もうとも、それは要らぬ軋轢を生むだけである。ニコニコ動画のコメント機能とは、発信者受信者共同の"サービス"としてその互いの存在を許可しあっているに過ぎないのであって、然し残念ながらこの動画はそのようなデリケートなシステムには非対応である。まして、それを高尚な情報交換と取り違えるなど論外である。受信者に発信の機会など用意されるものではない。発信にはそれ相応の手続きが必要なのだ。そして、サービスは不要。そう云えば、前にツェッペリンの動画がランキングに入ってたときも同じ様なことを感じた様な…。全受信者よ、無難に行こうぜ♪
安部公房の話? しませんよ?
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REC
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こんにちは。
腰が痛い
そろそろ、本気でICレコーダーを買ってやろうかと画策中。かれこれ1、2ヶ月は幾冊ものカタログとにらめっこ、Amazon、価格.com、2ch...と比べまわり、結果、値段的なこととSONYの独自規格ムカつくということとリニアPCMには越えられない壁があるということで、SANYOあたりに落ち着きそうですかね。う〜ん。
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Dying
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こんばんは。
ケツの筋肉が痛い
何だか、体調がおかしかった。ひゃっほい!
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Wrong
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こんばんは。
内容の無いことをどこまで長く書けるのか
自分の過去の業績を見ると、どうにもそれは恥ずかしいことだらけである。大体小学生の頃から中学高校にいたるまで、私の歴史は常に恥で塗り固められている。特に中学以降の業などほとんど直視できたものではない。今ぱっと思いついたところでは、たとえば"ニチバン日誌" あれは一体いつまで職員室にとっておかれる物なのだろうか、保存されるのだろうか、それともきっちりと人目につかぬように処分してくれる物なのだろうか、それとも特にそれ云った処理はされずに無くなったり残っていたり裏紙になったりするものだろうか?...と、そんな疑問にさえ必死に頭を抱えたくなるもの致し方ない、はい、現に今頭を抱えていますよ、うん、いやマジで...。(他にも、新学期のプロファイル、現国の答案、ブログ、パワプロ、バンド…MCは喋っても喋らなくても同じだった…、諸々の奇行…グランドを泳いだことがあった様な…、自己紹介、集合写真、体育、卒業写真…私は卒業写真にいわば糞を塗りたくったに等しい...とまったく枚挙にいとまがない)あんな、虚栄の塊は早々に燃やしてしまうが世界のため、というより私のためである。いやしかし、あれはあれで、それなりの労力を、燃料として相当量失って作り出したものであるということは確かである。では何か、一連は私の一人相撲か何かか? 要らぬ苦労を創出してそれを自分で背負っているとでも云うのか? それはあんまりだ。しかし、反論の余地はどこにも残されていない。嗚呼、こうまで惨めな気持にさせられてしまうと、自分の背後、残らず燃やしてしまいたいという衝動に駆られる。すべてを、灰にしてしまうのである。しかし、"燃やす"とは一体どういうことだろうか。具体的に火を放てるものを思い起こそうにも、"学校"やら"我が身"やら"知人友人同級生その他の目撃者すべて"やらどうにも賢い意見が出てこない。もしくはその頃の日記の類というのも考えたが、そもそも日記自体私そんな沢山とっていないし、第一燃やしたくない。それに、仮に日記もしくはそれに準ずる何かを火にくべたところで、むしろそれこそ、過去焼却の最後のチャンスを失ってしまうことになるのではないか。そういえば、今こう云ってるそばからこうやって性懲りも無くまた物を書いているということ自体、未来によって燃やされることを宿命としていると云えなくも無い。別に、だから素晴しいだとかだから悲しいだとか、そんなことは私、全然無いんですけれど、ただ、まァ、なんともやるせない不治の病である。本当に、だから素晴しいだとかだから悲しいだとか、そんなことは私、全然無いんですよ、本当に。ああ、でも少し在るといったら在るのかもしれない。そもそも、こんな悪い夢は早く目覚めてしまえばいいはずなのに、一向にそれをしようとしないのは他でもないこの私でもあるわけだ。むしろこの監獄に拘っているのは、私のほうなのかもしれない。拡がりの観念を欠いた空間、監獄、水族館の水槽の壁のイラスト。しかしどうしたものだろう? 私が夢から覚める覚めない、監獄から出る出ないを繰り返す間に流れる時間はどういう説明がなされるのだろう? 私が考えたり悩んだり喋ったりしている間に、一体どれぐらいの時間が無駄にされるのだろう? 私が未来を覗き込もうとしたり、過去を燃やし尽くそうとしたりしている間に、一体何人の人間が生まれ、何人の人間が死んでゆくのだろう? それを思うと、この世界も私もなんともいたたまれない。明日辺りは、塾に行ったほうがいいのだろうか? 明日も暑いかな? 冷房をつけようか、扇風機にしておこうか? むむむむむ.........?????
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Back Home?
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こんばんは。
脱出ごっこ
都市脱出の醍醐味はなんと云っても"高架下"である。市街地主部からやや離れた処辺りの高架下というのは、自宅と市街を鉄道などで結ぶタイプの都市利用者にとってはほぼ完全な"死角"である。必要最低限の活動のみをする者にとったら、永遠に存在すらしない影であると云ってもいい。頭上を10分間に4本づつ通り過ぎる轟音は、なるほど轟音だけでここからは一向に姿が見えない。 様々な物思いに耽りつつ、私は人目を憚りながら歩いてゆく。囚人の脱獄が罪であるのと同じように、私の計画も誰にも悟られてはならないのは当然である。しかしそれをおいても、高架下、なかなかのものである。自動車工。積み上げられたタイヤの山。歩道にこぼれ流れたまま染み付いたオイル。この世で何の意味があるのかさえよくわからないような塵の山。まるで火葬場の釜のような不気味さを放つ(今にも天井辺りから火焔か毒ガスでも噴出されそうな雰囲気である)空っぽの倉庫、etc... ちょうど空模様も、今にも一雨来そうな塩梅で、酷く"風流"である。否、高架橋含め雨も風も嵐も雷も月も太陽も光も闇もすべて背負ってきた高架下である。そこに似合わぬ天気などない。王子公園辺りの妙に尊大に高いのなんて、実に見る甲斐の在るものである。 三宮から始まり、春日野道、灘、王子、とをただ一直線に"通り抜け"、やがて阪急線は地べたを走るようになる。すっかり住宅地となった沿線を辿り、川を渡り、またしばらく歩けば六甲駅である。念願のゴールに、駅ビルのデパートの匂い、そして改札をくぐる頃には満足も不満足もあったものではない。やってきた列車に乗って家へ帰るまで、結局雨が降ることは無かった。誰にも見つからなかったかが心配である。体が汗でベタベタなので、帰ったらまず風呂に入ろう。そして、寝不足のせいでこの上なく眠い。その日は一秒でも早く眠りたいところだったので、これまた幸いであった。
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