こんばんは。
峠
ライブは終わりやした。おれ、死んでないよ。
まァ、基本的に皆さん「うまいやん」程度の事は云ってくれるのですが、或る4回生のボーカル専門の先輩が居りまして、終了後意見を乞いますと、さすが、「上手い方やけどまだまだやな」から始まる畳み掛ける様な辛口コメントいただき、それがまたどれも的確なコメントで身に覚え心当たりにある事をほいほい拾っていただき、お腹がいっぱいになりました。素直に感謝を感じながら、一通り話は終り「どうも聞いていただいて難有う御座いました」とお礼を云うと返ってきた言葉が「ああ、おれ、本番、見てないんだけどね」という物でした。ええええええええええ。
まあ、真相は、「部室練習の時のをドアの外で聞いてた」という物でした。ああびっくりした。
峠
ライブは終わりやした。おれ、死んでないよ。
まァ、基本的に皆さん「うまいやん」程度の事は云ってくれるのですが、或る4回生のボーカル専門の先輩が居りまして、終了後意見を乞いますと、さすが、「上手い方やけどまだまだやな」から始まる畳み掛ける様な辛口コメントいただき、それがまたどれも的確なコメントで身に覚え心当たりにある事をほいほい拾っていただき、お腹がいっぱいになりました。素直に感謝を感じながら、一通り話は終り「どうも聞いていただいて難有う御座いました」とお礼を云うと返ってきた言葉が「ああ、おれ、本番、見てないんだけどね」という物でした。ええええええええええ。
まあ、真相は、「部室練習の時のをドアの外で聞いてた」という物でした。ああびっくりした。
こんばんは。
死角
うちの軽音の部室は、学内の池の畔に建つ部室棟の3階にある。建物の裏側、部室の窓の真下はそのまま池のほとり。水ぎわ、そこの芝生の上に坐っていると、部室内の配置の関係か、ボーカルの音がよく聞こえる。練習後は、そこで飲み物でも飲みながら誰かの歌声を聞いてニヤニヤするのが日課。
死角
うちの軽音の部室は、学内の池の畔に建つ部室棟の3階にある。建物の裏側、部室の窓の真下はそのまま池のほとり。水ぎわ、そこの芝生の上に坐っていると、部室内の配置の関係か、ボーカルの音がよく聞こえる。練習後は、そこで飲み物でも飲みながら誰かの歌声を聞いてニヤニヤするのが日課。
こんばんは。
首を傾げて走る
絶賛死のロード中。とりあえず9月第一週までは此の流れが続く予定です。それまでは皆様にとって私は死んだも同然でございますがあしからず。
なんだかんだ云って、慣れと云う奴でしょうか、"居心地"という物が"良く"なりつつあることに、この上ない恐怖を覚えます。自分の大切な真実が失われていく心地です。「僕たち、こんなに穏やかな心で、良い筈がない!」、そう云う観念がボクにはあります。さりとてさりとて否否否。
首を傾げて走る
絶賛死のロード中。とりあえず9月第一週までは此の流れが続く予定です。それまでは皆様にとって私は死んだも同然でございますがあしからず。
なんだかんだ云って、慣れと云う奴でしょうか、"居心地"という物が"良く"なりつつあることに、この上ない恐怖を覚えます。自分の大切な真実が失われていく心地です。「僕たち、こんなに穏やかな心で、良い筈がない!」、そう云う観念がボクにはあります。さりとてさりとて否否否。
こんばんは。
天から常に「何、お前?」って声が聞こえてきます
とりあえず忙しいというか、忙しいと行っても別に寝る時間がないといったようなの肉体的危機を引き起こす様な類いの物ではなく、どちらかと云えば心にのしかかる不安というか懸案というか実存的危機というか孤独というかが8月の予定表に並んでるといった感じなのです。周りがみんなロボットだったらとは、よく思いますがそう云うわけにもいきません。結局何度も言う様に、マラソンは走る事によってでしか解決出来ない。でも、何かで、走る元気が湧いたり萎えたりすることは、なくはない。それはコントロール出来ない事に本質があるわけで、そう云う時に、キリストはどうしたんだろうか。まあ兎に角、これが気に病み過ぎに終わる事を祈る事に変わりはないです。どうせ、この先もっといろいろあるんだろうし。
天から常に「何、お前?」って声が聞こえてきます
とりあえず忙しいというか、忙しいと行っても別に寝る時間がないといったようなの肉体的危機を引き起こす様な類いの物ではなく、どちらかと云えば心にのしかかる不安というか懸案というか実存的危機というか孤独というかが8月の予定表に並んでるといった感じなのです。周りがみんなロボットだったらとは、よく思いますがそう云うわけにもいきません。結局何度も言う様に、マラソンは走る事によってでしか解決出来ない。でも、何かで、走る元気が湧いたり萎えたりすることは、なくはない。それはコントロール出来ない事に本質があるわけで、そう云う時に、キリストはどうしたんだろうか。まあ兎に角、これが気に病み過ぎに終わる事を祈る事に変わりはないです。どうせ、この先もっといろいろあるんだろうし。
おはようございます。
試験最終日
本日の夕刻、漸く学内某軽音楽サークルを襲撃します。実はこれは、ボクにとって本当にプレッシャーのかかる事なのです。だから、きっちりカフェインを摂取してのぞみたいと思います。慰めてくれる仲間は一人もいないので、時には不当に宇宙最強の俺になる必要もある。大法螺を吹く必要もある。責任を取る必要もある。走る事はどうやったってしんどい事に変わりはない。そういえば「人間が人に対して本当に自信を持つことができるのは、『自分は如何に"苦労"してきたか』という事だけである」と太宰治か誰かが言ってた気がする。
"進路指導室"(1988) - 爆笑問題
伝説の超名作コント。「どぉうすりゃいいんだぁぁぁぁぁぁ!!!!」というオチが最重要。一理あるけど一理しかない。何という説得力。なんにせよ、ステージとは素晴しい。
試験最終日
本日の夕刻、漸く学内某軽音楽サークルを襲撃します。実はこれは、ボクにとって本当にプレッシャーのかかる事なのです。だから、きっちりカフェインを摂取してのぞみたいと思います。慰めてくれる仲間は一人もいないので、時には不当に宇宙最強の俺になる必要もある。大法螺を吹く必要もある。責任を取る必要もある。走る事はどうやったってしんどい事に変わりはない。そういえば「人間が人に対して本当に自信を持つことができるのは、『自分は如何に"苦労"してきたか』という事だけである」と太宰治か誰かが言ってた気がする。
"進路指導室"(1988) - 爆笑問題
伝説の超名作コント。「どぉうすりゃいいんだぁぁぁぁぁぁ!!!!」というオチが最重要。一理あるけど一理しかない。何という説得力。なんにせよ、ステージとは素晴しい。
こんにちは。
学生生活への帰還、失敗。そして夏季休暇が目前に…
上記のとおりです。それこそ中学高校時代から、遅刻は30秒でも過ぎてしまうと、そこから扉を開く勇気は持てたことがないのです。心理学の先生は、それは自分の主体が"帰属"と"独立"の狭間で揺れ動いているから、とおっしゃておりました。要は"正常"であるためには、もしくは"主体"を確保するためには、帰属でも独立でもどちらでもいいということであって、それが近代以前だとか以降だとかという話はレポートを真面目に書く連中にでも聞かばいいのですが、例えば遅刻をしてまで扉を開くという行為は日常において"通常以上の"負荷のかかる行為であります。そういう負荷のかかる行為を"あえて"するにはするなりの"存在"というか"主体"というものがないといけません。それは帰属的なものでも独立的なものでもいいのですが、それがどちらも、ない、なかった、なかったなあ…。そうなると、ほとんど"絵本の中に住んでいるかのようなメンタリティ"しか持ち合わせていない僕に、単位なんて。ほんとよかった。これでよかった。でも、学費スっちゃったなァ(これが言いたかっただけ)。
日本語が雑になっていますね、最近。ほんとごめんなさい。
学生生活への帰還、失敗。そして夏季休暇が目前に…
上記のとおりです。それこそ中学高校時代から、遅刻は30秒でも過ぎてしまうと、そこから扉を開く勇気は持てたことがないのです。心理学の先生は、それは自分の主体が"帰属"と"独立"の狭間で揺れ動いているから、とおっしゃておりました。要は"正常"であるためには、もしくは"主体"を確保するためには、帰属でも独立でもどちらでもいいということであって、それが近代以前だとか以降だとかという話はレポートを真面目に書く連中にでも聞かばいいのですが、例えば遅刻をしてまで扉を開くという行為は日常において"通常以上の"負荷のかかる行為であります。そういう負荷のかかる行為を"あえて"するにはするなりの"存在"というか"主体"というものがないといけません。それは帰属的なものでも独立的なものでもいいのですが、それがどちらも、ない、なかった、なかったなあ…。そうなると、ほとんど"絵本の中に住んでいるかのようなメンタリティ"しか持ち合わせていない僕に、単位なんて。ほんとよかった。これでよかった。でも、学費スっちゃったなァ(これが言いたかっただけ)。
日本語が雑になっていますね、最近。ほんとごめんなさい。
こんばんは。
冷静ではいられん
先日、佐野元春師匠のライブに行ってまいりました。ライブハウスツアー最終日、三宮チキン・ジョージ。入場口付近に貼ってあったライブスケジュールの、その日の欄には『あのお方』との書き込み。"あのお方"…
人間とは多様性であって、芸術とは単一である。物を作るものは、そういう単一を生み出すためにも、自らは多様である。だから、芸術家は自分が人間であるということは自分の問題でしかない。だから、ボクは、ひとつ佐野元春師匠を例にとっても、人間としての佐野元春というものに対して興味を持ったことなど一秒たりとももないし、佐野氏も佐野氏で、あれほどまでに自分が人間であるということを包み隠すことができる人もなかなか居ない。まァ、それも昔のことみたい。
ステージの真ん中が空洞化したことで分かることもある。彼の曲は本当に、楽曲自体がそれ単体で、自分の個性を主張してくるような仕掛けが所々にしてある。「おれはあの曲でもあの曲でもなくてこの曲なんだよ」という主張が分かりやすい記号として仕掛けられている。"Young Bloods"でも"約束の橋"でも"僕は大人になった"でも、おそらく"あとほんの一工夫"ということなんだろうけれど、ほんとに抜け目が無い。(その"個性を主張するあとほんの一工夫"の天才だったのがジョンとポールだったりするだろうか)
ライブは本当に慣れない。僕の前後左右に僕と同じように並んでいる、僕と同じオーディエンスたちに、どうしても敬意が払えない。彼らは何処から来て何処へ行くつもりでそれにどんな意味があるのか、分からないし興味も無い。でも、多分それでいい。
冷静ではいられん
先日、佐野元春師匠のライブに行ってまいりました。ライブハウスツアー最終日、三宮チキン・ジョージ。入場口付近に貼ってあったライブスケジュールの、その日の欄には『あのお方』との書き込み。"あのお方"…
人間とは多様性であって、芸術とは単一である。物を作るものは、そういう単一を生み出すためにも、自らは多様である。だから、芸術家は自分が人間であるということは自分の問題でしかない。だから、ボクは、ひとつ佐野元春師匠を例にとっても、人間としての佐野元春というものに対して興味を持ったことなど一秒たりとももないし、佐野氏も佐野氏で、あれほどまでに自分が人間であるということを包み隠すことができる人もなかなか居ない。まァ、それも昔のことみたい。
ステージの真ん中が空洞化したことで分かることもある。彼の曲は本当に、楽曲自体がそれ単体で、自分の個性を主張してくるような仕掛けが所々にしてある。「おれはあの曲でもあの曲でもなくてこの曲なんだよ」という主張が分かりやすい記号として仕掛けられている。"Young Bloods"でも"約束の橋"でも"僕は大人になった"でも、おそらく"あとほんの一工夫"ということなんだろうけれど、ほんとに抜け目が無い。(その"個性を主張するあとほんの一工夫"の天才だったのがジョンとポールだったりするだろうか)
ライブは本当に慣れない。僕の前後左右に僕と同じように並んでいる、僕と同じオーディエンスたちに、どうしても敬意が払えない。彼らは何処から来て何処へ行くつもりでそれにどんな意味があるのか、分からないし興味も無い。でも、多分それでいい。
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